疼痛の背景に更年期障害が関与していると推測された症例

疼痛の背景に更年期障害が関与していると推測された症例』
とよしま鍼灸院
豊島 清史
【目的】
約4ケ月の間に3回それぞれ違う部位(運動器)の疼痛を主訴として来院した症例について更年期障害が大きく関与していると考えられた症例を経験した。その症例に対し、局所への治療に限定し効果を判定したが、比較的良好な結果を得られたので報告する。

【症例】52才女性 学校職員 給食
【初診日】平成X年2月5日
【主訴】左前腕部の疼痛
【現病歴】今朝、起床後より左前腕部に激痛で力も入らない。昨日の仕事が忙しかったせいか。今日はなんとか仕事にいったが、手を使う作業は変わってもらった。
【既往歴】左坐骨神経痛様疼痛
【所見】左前腕部外側の中央で橈骨よりの部位に腫脹・熱感・圧痛著名・橈骨叩打で響く
握力低下・手関節背屈時痛(++)底屈時痛(+)
【病態把握】
前腕伸筋の腱炎を疑ったが、橈骨骨膜の圧痛強く、腫脹熱感も強いため、骨の病態も否定できなかったので整形外科にてレントゲン撮影を勧めた。免疫および骨組織には異常なし、腱炎(そらで)と診断・鎮痛剤処方と安静指示される。
しかし、明確な原因となる負荷もなかったことから、当院でも腱炎と判断しながらも、釈然としなかった。



【治療および経過】
2/8 半年前よりホットフラッシュ・発汗・寒気など出現していたことを問診で訴える
患部に切皮置鍼、低周波、テーピング固定、
2/9 (第2診)疼痛少し良いが、力が入らない。手関節底背屈で疼痛著名
テーピングかぶれるのでパイオネックスに変更
2/10(第3診)手関節動作時痛軽減・握力も↑、腫脹・圧痛(+)腫脹部位に8分灸
2/15(第5診)ほとんどよい、腫脹(-)圧痛も(-)
治療回数 5回 日数10日にて略治とした。

【平成X年3月23日】
【主訴】右下肢後面のしびれ感
【現病歴】3日より特に思い当たる原因なく、右下肢後面にしびれ感出現、
シップを貼って様子見ていたが変化ないので来院、安静時も(+)特に起床時につらく、足をひきずる
【所見】ラセーグ(-)筋力低下(-)腰痛(-)
ボンネットテスト(梨状筋伸展テスト)(+)梨状筋の圧痛+もトリガーポイントを疑うような所見(-)
【病態把握および治療】臀部から下肢の筋性疼痛と判断した。
梨状筋・大腿二頭筋に単刺、低周波・トリガーポイントマッサージをおこなった。
【治療経過】
3/24(第2診) 安静時しびれ感(-)起床時は変化なし、夕方になると少し楽になる。
3/31(第7診) 左側臥位で上半身を右回旋させると下肢までしびれ感出現。もとに戻すと消失。広背筋のトリガーポイントに切皮置鍼
4/3(第9診)L3~4右多裂筋でしびれ感再現・同部位にパイオネックス貼付追加。夕方から楽になるが起床時はつらい
4/7 (第12診)回旋時のしびれ感(-)起床時に少し痛む時あるがほとんどよい。
4/12 (第13診)疼痛(-)
治療回数13回 日数 19日にて略治とした。

【平成X年5月15日】
【主訴】両アキレス腱部の疼痛
【現病歴】
ここ1週間で3回、ハイキング程度の低い山に登った。そのせいか、3日前よりアキレス腱部が痛く引きずって歩く。シップを貼って様子みていたが変化なく来院。
【所見】
跛行(かかとでしか歩けない)・アキレス腱部圧痛(++)腫脹・熱感著名
下腿三頭筋・前脛骨筋・長母子伸筋に緊張・圧痛(+)
【治療】
前脛骨筋・下腿三頭筋へ低周波、手技療法、アキレス腱腫脹部にパイオネックス貼付
【経過】
5/18(第2診)5/15日の治療後、家に帰ってから疼痛著名に減少。跛行(-)
       腫脹軽度(+)圧痛軽度(+)跛行(-)ほとんど良い
【考察】
これまでの経過を振り返ると短期間のうちに誘因なく疼痛が出現していること
整形外科にてレントゲン・血液検査などで基礎疾患は除外できたこと
詳細に問診すると更年期障害を疑うような症状を有していたこと
理学所見や症状が病態や治癒経過と一致しないこと
臨床症状(疼痛・腫脹・熱感が著名)の割に治癒までの期間が短いこと
以上のことから本症例の疼痛は更年期障害が大きく関与していると考えた。特にいずれの主訴も血管運動神経症状や知覚異常などが複雑に関与し、臨床症状に影響したものと考える。
更年期障害の症状にはおもに
Ⅰ自律神経症状・Ⅱ精神的な症状・Ⅲその他の症状などがある。
一般的に更年期障害の症状として、ホットフラッシュや発汗などの自律神経症状や・気力減退などの精神症状などが頭に浮かぶが、他のさまざまな不定愁訴も存在することが知られている。その一つとして関節痛や筋肉痛などの運動器の症状もあり、患者としては運動器の症状・疼痛を更年期障害とは考えずに疼痛疾患として鍼灸院へ来院する場合も多い。またその中に本症例のように血管運動神経症状や知覚異常などが複雑に関与している場合、一般的な疼痛疾患と若干異なる臨床像を呈する場合もあり注意が必要だと考える。
また本症例において興味深いのは、全身的な治療はおこなわず、局所的観点、特に炎症部位を中心に切皮置鍼やパイオネックス貼付をおこなったが微細な刺激でも、血管運動神経や知覚神経に対しなんらかの影響を及ぼす可能性が示唆された。一方、体極的観点および東洋医学的観点から治療をおこなった場合との比較は不明であるが、今回は局所的アプローチに限定し効果を判定した結果、局所のみでも十分良好な結果が得られた。今後このような更年期時に発症する運動器の障害に対し、全身的な治療と局所的治療、またその併用との効果を比較検討したい。
補足として、患者に更年期障害の影響について説明することで疼痛の原因についても患者自身納得したようであり、不安感が取り除かれた印象を持った。このことも治療効果に好影響を与えたものと考えられた。運動器障害による疼痛といえども、背後の病態を含め患者全体を診ることできるのが鍼灸師であり、他の医療従事者と違うところであると考える。