鍼灸治療は安産に寄与できる可能性があるのか?
~骨盤位に対する鍼灸治療の注意点とその応用の可能性について~
【はじめに】
骨盤位の鍼灸はしっかりとリスク管理させすれば安全であるといわれている。当院では骨盤位に対する鍼灸治療を2004年、逆子外来として本格的に始め、近年では年間15~20例程度の患者におこなっているものの当院でも有害事象を経験した。
1. 迷走神経反射によるめまいと吐気(1例)
2. 不正出血の持続(1例)
3. 早産傾向(子宮口開大の進行)による鍼灸治療の中止(複数例)
である。
形井らは第49回全日本鍼灸学会の女性と鍼灸~産婦人科領域の鍼灸の安全性~において骨盤位に対する鍼灸治療の安全性についてまとめている。
それによると1998年以前までは臨床上の副作用は問題視している論文はなかったが1998年以降、重篤ではないが有害事象発生の論文が報告されている。(別紙参照)
この報告においても早産傾向となったものが報告されているものの少数例の報告であるので本当に鍼灸治療が原因かどうかも不明である。
そこで以下の疑問点が浮かんだ。
1. これが本当に鍼灸の有害事象の一つなのか?
2. またそれならばどのようなメカニズムで発生すると考えられるのか?
3. 鍼灸が原因であれば、出産期に応用できるのではないか?
これらを調べてみた。
【これが本当に鍼灸の有害事象の一つなのか?】
早産とは妊娠22週以降37週以前で出産することを早産という。
全出産数の5~6%。
早産の処置=感染があるなら抗生剤、安静臥床、子宮収縮抑制剤、これで正規産になる数を入れると数%上乗せ。
1 これが本当に鍼灸の有害事象の一つなのか?
A 偶然かもしれないし、そうでないかもしれない・・・ただし10%としても10人に1人。臨床ではもう少し多いような印象がある。
※自宅施灸を行ってもらうが、マイルドな温灸よりもやや熱めの温灸の方が改善率は高い。その反面、熟化し中止となる率も高くなるという印象。
症例:28才 第1子 骨盤位 36週
1週間に3回、三陰交―至陰にパルス、百会置鍼
1週間後の検診で即時入院といわれ、診察室で待っているときに破水、緊急帝王切開となった。
この例を踏まえて、
以降当院での治療は35週までとするようになった。36週以降は1回のみ軽い刺激として自宅施灸のみとしており、これで早産傾向になることはほぼ無いような印象。
また2週に1度の検診としている施設もあるができれば1週間ごとの診察が望ましいかも。
【またそれならばどのようなメカニズムで発生すると考えられるのか?】
早産の分類・原因
早産の原因として最も多いのが子宮内感染
正常分娩時にも子宮頚部では同様の炎症状態になり頚部が熟化する。
子宮体部収縮→胎児による頚部圧迫・進展→頚部炎症→熟化
そもそも子宮頸管組織は,90%の細胞外マトリックスと10%の細胞成分からなる.細胞成分と して,頸管上皮細胞や少量の平滑筋細胞,ケミカルメディエーターの放出や,コラーゲン 産生を担う線維芽細胞がある3).しかし,重量比で90%程度を占める多量の組織が細胞外 マトリックスECMであり,頸管組織の主体をなす.このECMは,組織の骨格となるコ ラーゲン・エラスチンという弾性繊維とグリコサミノグリカンGAGと呼ばれる糖鎖で構 成される.同様の蛋白構成をもつ組織は,皮膚や軟骨,靭帯であり,子宮頸管と非常に近 い関係にある.ECMの他の主成分であるGAGは糖鎖であり,ヒアルロン酸HA,コン ドロイチン硫酸,ケラタン硫酸,ヘパラン硫酸,デルマタン硫酸などが含まれる.子宮頸 管組織では,これらの細胞外マトリックスが相互に連結され,大きな構造物を形成する.
血流が良くなるから熟化するという単純なものではない。
2 またそれならばどのようなメカニズムで発生すると考えられるのか?
A 早産傾向(子宮熟化)が鍼灸によるものであれば、このいずれかに作用
※炎症・免疫・血流・・・
※漢方薬
予定日超過に対する漢方療法~五積散の頸管熟化作用~岡村麻子 産婦人科の実際65巻
によると頚部血流の改善により熟化を促したとしている。
【出産期に応用できるのか?】
エビデンスに基づく 助産ガイドライン ―分娩期 2012 (一般社団法人 日本助産学会)
CQ14 指圧・鍼は、陣痛促進効果があるか?
【エビデンスと解説】 鍼による分娩促進効果については、鍼療法を行った群の方が、行わなかった場合よりも介入開始から児娩出までの時間は短かいというエビデンスがあった。指圧による分娩促進効果については、同様 に、指圧を行った群の方が、行わなかった群よりも分娩所要時間が短いという結果であった。したがって、SP6(三陰交) 、LI4(合谷) 、BL67(至陰)への指圧・鍼療法は分娩促進効果を期待でき、分娩 促進を図る方法の選択肢の一つとして考えられる。
【根拠】 NICE ガイドライン Lee ら (2004)によると、両足の三陰交に間歇時に 30 分間指圧またはタッチを行い、その効果を判 定している。子宮口 3cm開大から子宮口全開大までの所要時間は、三陰交指圧群のほうが三陰交タ ッチ群よりも有意に短縮が見られた(p=0.009)。また子宮口全開大から児娩出までの所要時間は統 計的に差はなく(p=0.082)、これらのことから分娩第1 期の間は促進され、分娩第 2 期では促進効果は見られなかったと言える。結果的には総分娩所要時間(子宮口 3cm 開大から児娩出まで)は三陰交指圧群のほうが三陰交タッチ群よりも短い(p=0.006)。 Skilnand ら(2002)によると、鍼療法を陣痛発来後子宮口が 3 ㎝以上開大し VAS で3 以上を示した時に開始し、鍼療法開始からの分娩所要時間とオキシトシン使用の有無で分娩促進効果を測定し た。介入群は経穴に鍼を、対照群は経穴以外に鍼を施した。分娩所要時間は介入群(n=106)212±155 (分) 、対照群(n=102)283±225(分) 、p=0.01、オキシトシン使用は介入群 106 人中 15 人(14%) 、 対照群 102 人中 36 人(35%)、p<0.001 であった。(上記 2 文献では主要アウトカムとしての検討ではない。) 産婦人科診療ガイドライン記載なし。科学的根拠に基づく快適な妊娠・出産のためのガイドライ 記載なし。上記以外のエビデンス Chung ら(2003)は三陰交以外を刺激し、分娩促進効果を分娩第 1 期の所要時間で判定している。 この研究では研究協力者を 3 群(介入群=LI4・BL67 に指圧、軽擦群=上腕軽擦、対象群=介入な く会話をする)に分け、研究を行っている。3 群間で有意差が見られ(p=0.019)、介入群は対照群 に比べて分娩第 1 期所要時間が短かった。指圧群と軽擦群の間には有意差はなかった。
分娩時間は短縮するようである。
なぜ短縮するのか?
分娩に至るメカニズムに何らかの変化を与えるとするとば、
1. オキシトシンなどのホルモンの変化によるもの
2. 免疫系の変化(サイトカインケモカイン好中球の遊走)によるもの
3. 子宮収縮力増大(体部)により頸部への刺激増大による熟化進行
4. 子宮血流改善における1~3の作用の賦活
などの可能性があげられる。
【考察】
骨盤位への鍼灸はしていないという鍼灸師の理由は早産傾向になった経験があるとのことを複数の鍼灸師から聞いた。当院においても同様に早産傾向(子宮熟化の進行)により治療中止になる例は多数経験していることから、もっとも遭遇しやすく、注意を要しなければいけないのがこれであろう。今回は仮に骨盤位に対して早産傾向になるのであれば、分娩時にも応用できるのではないか?という私の素朴な疑問について調べてみた。早産傾向に関してはそれが鍼灸によるものなのかそうでないのかは不明である。先述したとおり単に血流が改善したからといって頚部の熟化が進行するという単純なものではないからである。しかし子宮頸管測定等で早産傾向にないものが、鍼灸開始した直後に熟化が進むということから鍼灸治療が機転となっていないとも言えない。(そもそも頸管測定で予想できるものとそうでないものが当然あるとのこと)引き続き検討すべき事象であろう。
現時点では子宮の熟化も想定し、各院でリスク管理すべきである。
一方、分娩に応用できるかについては、NICEで鍼灸介入群は分娩時間の短縮がみられるとあるし、過去に岐阜県師会の講演を聴取した際(講師は助産学の教授)、やはり分娩時間が短くなるというデータをお持ちだとか記憶していることから、なんらかの作用がはたらいているものと推測する。これを鍼灸の作用機序から考えると、頸部の熟化作用の賦活と子宮収縮力の増強・疼痛閾値上昇などによるものであろう。熟化にはホルモン・免疫・細胞外マトリックスECMなどが複雑に関与していることから、分娩促進を目的にする場合、当院で使用している三陰交・至陰、百会・合谷・次髎など骨盤内・子宮の血液循環改善を意識した配穴以外にも全身的な視点でアプローチすることもより効果があるかもしれない。そういうことからは当院の分娩時鍼灸の開始時期や方法などにも改善の余地がありそうである。
「これは安産のツボですよ」とか「鍼灸していると安産ですよ」などとネット上ではあふれている。かく言う私も出産準備の鍼灸(安産鍼灸)と謳い、鍼灸治療をおこなっていたがいかに勉強不足であったかがわかった。
今回は明確なメカニズムや根拠となるものは提示できなかったが、これによりそれぞれの先生方のアプローチのヒントになれば幸いである。