目次
- 前立腺炎の説明
- 慢性前立腺炎とは
- 本邦における慢性前立腺炎に対する鍼灸療法の報告
- 当院の慢性前立腺炎に対する鍼灸療法
- 症例報告
- 不適応なケース
前立腺炎とは
前立腺炎とは,主に刺激性または閉塞性の泌尿器症状と会陰部痛の組合せとして出現する多様な疾患群を指す。
成人の9%でみられ、30代~40代に多くみられる。
尿検査・直腸診・前立腺マッサージ前後の尿検査および臨床像などで診断される。
症状はカテゴリーにより異なるが,典型的にはある程度の尿路の刺激または閉塞および疼痛がある。刺激症状は,頻尿および尿意切迫,閉塞,残尿感,排尿直後の再度の排尿,または夜間頻尿として現れる。疼痛は典型的には会陰部であるが,陰茎の先端,腰部,精巣に感じることがある。一部の患者は射精痛を訴える。(NIHによる分類)
Category Iが急性細菌性前立腺炎、
category IIが慢性細菌性前立腺炎で細菌が検出される。
細菌が証明されないcategory IIIは慢性前立腺炎/慢性骨盤痛症候群(chronic prostatitis/chronic pelvic pain syndrome; CP/CPPS)とも呼ばれ、90%以上を占める。Category IIIは炎症を有するIIIAと炎症を有さないIIIBに細分される。
症状を有さないが前立腺生検組織標本や前立腺圧出液・精液中に炎症所見を認めるものをcategory IV(無症候性炎症性前立腺炎)とする。
慢性前立腺炎とは
Category IIとIIIが慢性前立腺炎と呼ばれる病態である。
Category IIICP/CPPSは、(1)泌尿器の疼痛または骨盤周囲の不快感と、(2)尿路症状と性機能障害のいずれかまたは両方が、過去6カ月間に3カ月以上持続しており、尿道炎、尿生殖器癌、尿路疾患、尿道狭窄、膀胱に影響を与える神経疾患ではないことが明らかな状態を指す。
このカテゴリーにおける一般的な西洋医学的治療は抗炎症薬,筋弛緩薬(例,ときに骨盤底筋の攣縮を軽減するためのcyclobenzaprine),αアドレナリン遮断薬,その他の対症療法(温坐浴など)などがある。
上述の治療法全ての考慮に加えて,これまでに抗不安薬(例,SSRI,ベンゾジアゼピン系薬剤),仙骨神経刺激療法,バイオフィードバック,前立腺マッサージ,および低侵襲の前立腺処置(マイクロ波高温度療法など)が試みられているものの,治療に関する質の高いエビデンスはほとんどないのが現状であり、治療に難渋する例も存在する。
(Category IIICP/CPPSは成人男性の前立腺炎で90%)
その結果として常に存在する疼痛・違和感などがストレスとなり、自律神経系や中枢感作・うつ病などを発症してしまう症例もあるとされている。
本邦における慢性前立腺炎に対する鍼灸療法
主な報告は以下の通りである。
- 慢性前立腺炎に対する鍼通電療法、形井秀一、1992
- 慢性前立腺炎と前立腺炎様症候群の臨床的研究 7.慢性前立腺炎様症候群難治症例に対する低周波針通電療法、池内隆夫、1994
- 慢性骨盤痛症候群による会陰部不快感に対する陰部神経鍼通電療法、杉 本 佳 史、2005
下腹部や中髎穴、陰部神経などを治療部位とし、鍼通電をもちいているのがわかる。
当院の前立腺炎に対する鍼灸療法
慢性前立腺炎との診断をNIH分類のカテゴリーⅢB(慢性骨盤痛症候群・非炎症性)に該当する方への鍼灸施術となります。
当院の考え方
今感じている痛みや違和感は筋肉のトリガーポイントの関連痛及び絞扼性神経障害によるものと考えて施術します。
トリガーポイントとは筋肉に形成されたコリは発痛点となり、あたかも前立腺からの痛みのようになることをいいます。
また絞扼性神経障害とは、神経が筋肉に締め付けられて神経血流が低下し、神経痛様の疼痛の原因となっていることをいいます。
これら全てはトラベルらのトリガーポイントマニュアルを参考にしています。
【以下絞扼性神経障害について抜粋】
・・・陰部大腿神経は筋腹の中心を通って前面に現れる。時として腸骨下腹神経、腸骨鼠径神経も本筋の筋腹を通過することがあり、不可解な痛みと知覚障害は圧迫・絞扼による症状の可能性も考慮するべきとしている。また陰部大腿神経の絞扼障害は鼠径部、陰嚢、陰唇、大腿内側に痛みと知覚障害を起こす・・・
座位姿勢のために前立腺が圧迫されて炎症を起こしているのではなく、
股関節の屈曲姿勢のために大腰筋の持続的収縮が矯正される→大腰筋が鬱血状態→トリガーポイント形成または神経の絞扼→疼痛が生じている。
また腰痛または潜在的な腰痛(腰痛の症状が下腹部の症状にマスクされているため感じていない)がある方も多くみられ、その施術により下腹部の症状が軽減してくる場合もあります。
したがって抗生物質やセルニルトンなど前立腺へアプローチしても症状が消失しない理由がここにあります。
【症例】
「下腹部から会陰部の違和感が改善した症例」
【症例】32才 男性 細身
【初診日】X年4月24日
【主訴】下腹部から会陰部の違和感
【現病歴】
X—1年:特に思い当たる原因なく下腹部に違和感が出現し、次第に会陰部まで広がった。一定期間経過観察していたが症状が改善しないためインターネットで調べ前立腺が原因ではないかと考えた。そこで泌尿器科を受診し、非細菌性の慢性前立腺炎と診断された。投薬治療を開始するも症状改善せず、X年4月に鍼灸治療を希望され来院。
【症状】
持続する下腹部から会陰部の違和感、射精時や射精後に違和感増強する。
起床時や就寝時に特に強くなる。
足の冷え(++)
長時間の座位や立位で大腰筋をストレッチさせるような姿勢になる。
慢性前立腺炎症状スコア(NIH-CPSI)16点(中等度)
HAD尺度 記載なし
【東洋医学的所見】
輪郭は肝虚・眼輪筋部軽度くま・色白
腹診:胸脇苦満・瘀血部圧痛
【理学所見】
トーマステスト(+)
小転子(圧痛、ジャンプサイン)、下腹部の大腰筋の筋腹(圧痛、放散痛、ジャンプサイン)
腰部の疼痛・圧痛(-)
【病態把握】
大腰筋のトリガーポイントからの関連痛、または大腰筋の短縮による絞扼性神経障害と安段した。
東洋医学的には瘀血と判断した。
【治療】
小転子の大腰筋付着部へスーパーライザー・パイオネックス貼付
大腰筋のストレッチとウォーキング・入浴を行うように指導した。
【経過】
5/2 (第2診)違和感10→3
5/17 (第5診)違和感10→1
5/23 (第6診)下腹部の違和感10→0となり経過観察とした
慢性前立腺炎症状スコア1点
12/6 (第7診)数日前より下腹部に軽度違和感が出てきたため来院
慢性前立腺炎症状スコア14点
3/12 (第8診)前回の治療直後から違和感消失し再出現せず。
最近運動が出来ていないため体の変化を見て欲しいとのことで来院。
症状は(―)
前回同様の治療・指導をおこなった。
第6診以降約10ヶ月で症状は数日のみのため終了とした。
【結果】
4/24 初診 5/23 第6診 12/6 第7診 3/12 16点 1点 14点 実施せず 大腰筋圧痛(++) 大腰筋圧痛(+) 大腰筋(圧痛++) 大腰筋(+) 【考察】
本症例はストレッチ姿勢、トーマステスト(+)小転子付着部や筋腹部の圧痛などの所見が存在していたことから、大腰筋がなんらかの関与をしている可能性が示唆された。また刺激法としては過去に経験した症例、本人が鍼治療は初めてということも考慮にいれ、スーパーライザーとパイオネックス貼付という軽微なものから始めることした。また足の冷えや所見から瘀血傾向も考慮し、入浴、運動などを指導しそれを実践していただいた。しかしなにより自律神経やうつ、中枢感作などの状態がなかったことが早期に症状の改善につながったものと考える。
結果として早期に疼痛の改善を認め、約10ヶ月の経過観察でも症状の再発は短期的なものであったことは本症例において選択した方法は妥当であったものと考える。 自律神経症状やうつなどを併発していないようなタイプにおいて、この方法はシンプルかつ、誰でも容易に行うことが可能なため、大腰筋の所見があれば試みても良い方法だと考える。
不適応なケース
抗うつ剤や抗不安薬など精神科系のお薬を服用している場合は不適応とさせていただいています。
また3回程度の施術で症状に何らかの変化がない場合は、不適応なようです。
逆に3回程度の施術で変化がある場合は鍼灸が有効だとも言えます。その場合でも再発防止の観点から数ヶ月~1年単位での施術が必要になる疾患です。
腰を据えて症状改善に取り組み、明るい人生にしませんか?
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